認知症とは

認知症とは、脳の病気や障害により記憶や判断力、言葉の理解などの認知機能が徐々に低下し、日常生活に支障をきたすようになる状態をいいます。
加齢による「もの忘れ」とは異なり、病的な進行を伴うのが特徴です。
日本では高齢化の進行とともに、認知症の有病率は年々上昇しており、65歳以上の高齢者のおよそ7人に1人が認知症を有しているとされています。
誰にとっても身近な病気であり、早期の発見と支援が、患者さまご本人とご家族の生活の質を守るために極めて重要です。
認知症の症状
認知症の初期症状はごく軽度で、「年のせい」と見過ごされがちですが、以下のような変化がみられる場合は、認知症が疑われますので、早めの受診をおすすめします。
- 同じことを何度も繰り返し尋ねる
- 最近の出来事をすぐに忘れてしまう
- 財布や鍵などの置き場所がわからなくなる
- 計算や買い物、料理など、慣れた作業がうまくできなくなる
- 曜日や時間、場所の感覚があいまいになる
- 服装が季節や場に合わなくなる
- 怒りっぽくなる、無気力になる、興味を持たなくなる
- 詐欺や勧誘に引っかかりやすくなる
- 一人で外出して道に迷う、帰れなくなる
など
これらの症状は、認知症の初期段階でよくみられるサインです。
とくに「日常生活に支障が出るかどうか」が、加齢によるもの忘れとの大きな違いです。
認知症の「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」
認知症の症状は大きく分けて「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の2つに分類されます。
それぞれが現れる背景や意味を正しく理解することが、本人にとっても家族にとっても、より良い対応や支援につながります。
中核症状
中核症状とは、脳の神経細胞が障害されることによって生じる、認知機能そのものの低下を指します。
たとえば、もっともよく知られている記憶障害では、新しい出来事が覚えられなくなったり、何度も同じことを尋ねたりします。
また、見当識障害といって、今日が何日なのか、今どこにいるのかといった時間や場所、人の認識が曖昧になることもあります。
さらに、理解力や判断力の低下により、料理や買い物、金銭管理など日常生活の動作がうまくできなくなる実行機能障害が現れることもあります。
さらに失語、失認、失行といったことがみられる場合もあります。
これらの中核症状は認知症のタイプにかかわらず多くの方に共通して見られ、病気の進行とともに少しずつ目立ってきます。
行動・心理症状(BPSD)
一方で、行動・心理症状(BPSD)は周辺症状ともいわれ、環境や心の状態、人間関係などが影響して引き起こされる二次的な症状です。
中核症状によって混乱したり不安を感じたりすることが原因で、さまざまな感情や行動の変化が現れます。
たとえば、物を盗まれたと訴える物取られ妄想、家に帰ると言って外に出てしまう徘徊、突然怒り出す興奮、暴力や暴言、幻覚や幻視、うつ状態、不眠、不安、無気力などが挙げられます。
これらの症状は本人にとっても非常に苦痛であると同時に、介護するご家族にも大きな負担となりやすい側面があります。
このように、認知症の症状は単に「もの忘れが進んでいる」だけではなく、さまざまな脳の働きや心の反応が絡み合って現れるものです。
正しい理解のもと、本人に寄り添った対応を心がけることが、症状の進行を緩やかにし、生活の質を保つ大きな支えになります。
認知症の主な種類と特徴
認知症にはさまざまなタイプがあり、それぞれ原因や症状の出かたが異なります。
複数の要因が重なっている「混合型」も多くみられます。
アルツハイマー型認知症
最も多いタイプで、全体の6割以上を占めます。脳にアミロイドβという異常なたんぱく質が蓄積し、神経細胞が徐々に壊れていくことで発症します。
記憶障害が中心で、特に「新しいことが覚えられない」「同じ話を繰り返す」といった症状が早期に現れます。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血など、脳血管の病変によって発症します。
記憶障害に加え、感情の不安定さや運動障害、段階的な悪化が特徴です。
脳卒中の既往がある方に多く、再発予防も重要です。
レビー小体型認知症
幻視(実際にはないものが見える)、認知機能の大きなゆらぎ、パーキンソン症状(手足のふるえ・歩行困難)などを伴います。
注意力や意識レベルの変動が大きく、診断が難しいこともあります。
前頭側頭型認知症
記憶障害よりも、人格や行動の変化が早くから目立ちます。
衝動的な行動や無関心、反社会的な言動が出ることもあります。
比較的若い世代(40〜60代)で発症することもあります。
認知症の原因と進行
認知症の原因は多様ですが、根本的には「脳の神経細胞の障害・脱落」が共通しています。
これは年齢とともに自然に進む老化とは異なる、病的なプロセスです。
認知症は、発症後に徐々に進行していくケースが多く、適切な介入を行わないと、記憶障害や見当識障害、判断力の低下、日常生活動作(ADL)の低下、徘徊、妄想、感情の不安定さなど、中核症状や周辺症状が強くなっていきます。
軽度認知障害(MCI)について
認知症は進行性の疾患ですが、認知症の前段階(前駆状態)として注目されているものに、「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive
Impairment)」があります。
軽度認知障害(MCI)は、年齢相応以上のもの忘れがみられるものの、日常生活には大きな支障がなく、自立した生活ができている状態を指し、いわば「正常と認知症の中間段階」とされています。
MCIの方は、自分自身でも「最近もの忘れが多くなった」と感じることがあり、周囲の人からもその変化に気づかれることがありますが、料理や買い物、金銭管理など、日常生活はおおむね問題なくこなせているのが特徴です。
MCIと診断された方のうち、年間約10~15%が認知症に進行するといわれています。
ただし、すべての人が認知症になるわけではなく、適切な生活習慣の改善や医療的な支援によって、進行を遅らせることや、状態が安定・改善することもあります。
つまり、MCIは「早期発見と対応が非常に重要な段階」であり、この時期に気づき、生活の見直しや専門医への相談を行うことが大切です。
認知症の診断と治療
認知症の診断は、症状の経過や日常生活での変化を詳細に確認し、必要に応じて認知機能検査(MMSEなど)や頭部MRI・CT検査を行います。
また、ほかの病気(うつ病、甲状腺疾患、薬の副作用など)による“認知症に似た症状”との鑑別も大切です。
薬物療法
認知症の薬物療法は、大きく「中核症状」に対する治療と、「周辺症状(BPSD)」に対する治療に分けられます。
中核症状とは、記憶力や判断力の低下など、認知機能の障害そのものです。
これに対しては、脳内の神経伝達物質を調整する薬剤が使われます。
主に使用されるのは、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)やNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)で、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などに効果が期待されます。
これらは進行を遅らせ、日常生活の機能を保つことを目的としています。
一方、興奮、妄想、不安、うつ、不眠、徘徊など行動・心理症状(BPSD)に対しては、症状に合わせ、必要に応じて抗精神病薬(クエチアピン、リスペリドンなど)、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬、漢方薬などが用いられます。
ただし副作用への配慮が重要であり、非薬物療法と併用することが基本です。
さらに近年、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβを標的とする新しい治療薬「レカネマブ(商品名:レケンビ)」が登場しました。
これは、病気の進行そのものを抑えることを目的とした抗体医薬で、早期アルツハイマー病の患者さまにおいて、病気の進行を有意に遅らせる効果が認められています。
レカネマブは、2023年に日本でも承認され、将来的な治療の選択肢として期待されています。